アイリス通信

京の祭、禁色二色「黄櫨染」と「黄丹」

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平城京から平安京。
遷都の物語に、幻の都があったと言う。
教科書にも載らない都の名前―長岡京―。
そんな幻の都があったここ京都府長岡京市から、京を切り取る今日のいろ。

「祭」と言えば何の祭りでしょう。
今から1400年前の平安貴族に聞きいてみましょう。
紫式部でさえきっと答えます、それは「賀茂祭」。
今で言うところの「葵祭」に他ならないと。

京の祭、禁色二色「黄櫨染」と「黄丹」

毎年5月15日に葵祭(京都市観光協会)は開催されます。
古墳時代後期に凶作から来る飢餓疫病が流行、その頃の欽明天皇が勅使をつかわし「鴨の神」の祭礼を行ったのが起源とされ、現代では、上賀茂神社下鴨神社の例祭となっています。
社殿の御簾・牛車に至るまで二葉葵を桂の小枝に挿し飾ることから、広く一般には「葵祭」と呼ばれています。

例祭としての葵祭の神事は色々ありますが、一番有名なのが、京都御所(環境省HP・一般財団法人国民公園協会HP

京から下鴨神社を経由し、上賀茂神社へ、約500人が約8kmの道のりを歩く「路頭の儀」である行列でしょう。
その行列はまるで絵巻物のようで、勅使や検非違使、内蔵使、牛車、斎王代など、平安貴族当時の衣装を研究し、それはすばらしく再現されています。
とりわけ目を引くのは、祭に奉仕する内親王の斎王の代わる「斎王代(さいおうだい)」が乗る御輿(およよ)を中心とする女人列。
斎王代とお付きの女官たちとの列は一段と華やかです。

京の祭、禁色二色「黄櫨染」と「黄丹」
目の前を通り過ぎる、約1kmに及ぶ500名の行列を見ていて「無い色」に気付きます。

その色の名前は「黄櫨染(こうろぜん)」と「黄丹(おうに/おうだん)」。

この色は、禁色の中の二色です。
禁色とは、昔、冠位によって使える色が決まっていた時代の中でも、特に使用できる身分が固定されていた為、一般には使用することが許されなかった色です。
その身分とはすなわち「黄櫨染」は天皇のみが、「黄丹」は皇太子のみが使用できる色です。

黄櫨染の色は今で言うところの黄土色に近い色。
櫨の樹皮と蘇芳で染め上げ、真昼の太陽を表します。

黄丹の色は昇る旭日を象徴とした色で、ベニバナとクチナシを重ね染めした赤味の強い橙色となります。

葵祭の路頭の儀では天皇役、皇太子役はいないので、「黄櫨染」と「黄丹」の袍(ほう)のを着ている人物がいません。
袍とは平安時代に貴族が着ている着物のことで、今回の葵祭でも色とりどりです。

現代でのファッションにおいては、「着てはいけない色」などは無く自由です。
しかし、自由で華やかな現代によみがえった行事でも、古式にのっとり、ひっそりと存在を失くしている色があります。

京の祭、禁色二色「黄櫨染」と「黄丹」

葵祭の路頭の儀の行列は掛け声も無く静かに進んでいきます。
聞こえるのは馬の蹄の音、歩く牛の息遣い、進むたびにきしむ牛車の車輪の音。

源氏物語では、光源氏が天皇の勅旨として路頭の儀に参列しています。
その美しい姿を一目見るために沿道に人や車が詰め掛けます。

光源氏は当時の冠位から黒を着ていたとされ、21世紀の葵祭でも着ている袍は黒です。

京の祭、禁色二色「黄櫨染」と「黄丹」

現代の世に、忠実に再現されたとされる静かに進む葵祭の行列、『路頭の儀』。
変わったのは、平安の民たちよりも自由にさまざまに、色とりどりに着飾る沿道の見物人と、カメラのシャッターを切る音が聞こえることでしょうか。

杉原康子

ライター:杉原康子
【資格など】ベースカラー診断士、パーソナルカラーアナリスト、CLEインストラクター、A・F・T 1級色彩コーディネーター、長岡京生涯学習人材登録講師、中国国家認定 中国茶芸師

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